問題になる場面は?
業務中の事故や備品を壊したということで,従業員の負担になる部分があるか問題になるケースは十分ありうるところです。これまで,主に会社側が賠償負担をする(交通事故など業務中の事故のケース等)場合や,備品を壊した際の弁償の話で問題になってきました。
通常備品の取替は会社が行うため費用の請求を行う・業務中の事故は会社も賠償責任を負うケースがほとんどで,通常お金があるだろう会社に相手は請求するでしょうから,大体の場面で会社から従業員に対して請求がどこまでできるのか問題になります。
ちなみに,退職時に従業員が備品を持ち出してその返還を求めるのは,ここでの賠償とは全く異なる話であり,これは単に貸しているものを返してもらう話になります。
こうした場面では法律の定めが存在します。まず,会社の仕事の最中の事故については会社に賠償責任が発生するという話があり,賠償した金額について従業員に請求することができるとされています。ただし,会社は従業員を使って利益を生んでいるため損害も受けるのが当然であるとして,公平の観点から従業員に負担を負わせてもやむをえない場合と範囲でしか請求ができないと考えられています。
言い換えると,従業員に請求できるとされる金額は,わざと事故を起こした場合や備品を壊した場合に限られるといえるでしょう。実際に,備品を壊したときの賠償について,こういった話を述べて賠償できる場合と金額を大きく制限する傾向に裁判例があるように考えられます。
就業規則でも,「故意・重過失」の場合に賠償を行うと規定しているケースがあるかと思われますが,あくまでもこうした裁判例や法律の考え方をもとに行うことになりますから,実際の運用では恣意的なことはできない点に注意が必要です。少なくとも,何でもかんでも請求できるわけではなく,請求を前提に天引きや退職に制限を求めることがあれば,労働基準法にも違反することになりかねません。こうした場合にはトラブルとともに,ペナルティを受ける可能性があります。
従業員が先に賠償をした場合はどうなる?
まさしくこうした場面を判断した最高裁判所の判断が出ています。ただし,先ほども触れましたように,こうなる場面は会社に請求をしても限界がある場合(会社が支払い能力がない・保険をかけていない)等限られてくるように思われます。
簡単に言うと,大手運送会社が車に保険をかけておらず,仕事中に生じた交通事故について,一部従業員が賠償金を支払った後に会社側に負担を求めたものです。法律の決まりがないので請求ができないという考え方もあるところですが,最終的に従業員は会社に請求できる場合もある(金額も異なる)と判断が出ています。
理由は,従業員が請求をする場合であっても,会社が業務で利益をしている以上損失を公平の範囲で負担すべきという点は当てはまるはずだからというものです。
重要なのは,従業員が常に請求できるのではなく,あくまでもそうした場合があるという点です。このケースでは,安全性やリスク負担の能力面を許可の段階で審査される運送業という業種で,かつ通常は損害保険(自動車保険)をかけて会社がリスク分散をしておくだろう業種なのに損害保険をかけていなかったという面が大きく考慮されています。言い換えると,こうした業種及び場面では従業員に支払の負担を負わせることは通常できないことになります。
同じことは危険が生じるのが通常で,同じように許可の段階でリスク管理や負担が審査される業種や業務上賠償責任保険(損害保険会社が販売している保険で別に自動車保険とは限りません)をかけていると一般的に考えられる業種でもある程度は当てはまります。これに対して,こうした許可がなく賠償保険の加入も進んでいない業種や会社規模(小さい方が会社が全ての負担を負うと言いにくくなってくると考えられます)では別に考えられる点も出てきます。従業員と会社との間の関係も考慮されるとの話が触れられていますので,幹部級とそうでない従業員では異なる話になる可能性もあります。