退職を突然言ってきた場合には?
退職の申し出は,最近では昔ながらの直接連絡(退職届を欠く場合・LINEや電話での連絡等)のほかに最近は退職代行の業者からの連絡がありえます。後者であっても,代理人あるいは代行(法律上の使者)になるので,本人の意思といえる場合は多いように思われます。この場合に備品の返却はしてもらう必要はありますが,例えば,就業規則に退職前1か月前に書面で出してもらうと規定されていても,雇用期間の定めがない場合は原則は退職申し出から2週間経過をすると,雇用契約は終了すると考えられています。そのため,就業規則通りではないから退職にはならないとはいえないというリスクがあります(裁判例の中では先ほどの考えに沿った判断をしたものがあります)。
退職をする方には,雇用契約上次の方への引継ぎが必要な場合には,引継ぎをきちんと行う義務があります。引継ぎが必要なのかどうかは判断になります。引継ぎの内容を含め対応を考えておく必要があります。特に代行業者を使っている場合には,連絡を避けている形なので,実際戻ってくるのかどうかは考えたほうがいいですが,途中で辞めることで大きな業務への影響が出る場合には,引継ぎも何もなく途中で仕事を放り投げたのかどうかを見極めて賠償請求をすることもありえます。ただ,退職は原則自由に申し出ることができるものなので,賠償請求がそう簡単には認められない点は頭に入れておくべきでしょう。
残業代やお客リスト持ち出し問題は?
退職が独立のためという場合に,既存従業員(他の方)の引き抜きや顧客の引き抜きや情報の持ち出し(カルテと呼ばれる顧客の連絡先やこれまでの来店履歴や施術内容などを記載した資料)が問題になることもありえます。気づいたら退職者が増える・お客様が来なくなった,勧誘の連絡が来たことで,気づく問題かもしれません。このほか,在職中の給与の問題(残業代が支払われていない・退職金の制度があればその支払いの問題等)が起きるかもしれません。
このうち,給与などの問題は独立される側に未払いのお金があるのかどうかという問題で請求を受ける話になります。これに対し,お客様や従業員の引き抜きの問題は,何かしらの請求ができないのか気になるところにはなります。独立後に,他の従業員やお客様への勧誘を行うことは,営業の自由が日本では保証されていますから,基本は自由な営業や競争活動になります。そのため,そう簡単に何かしらの請求ができるわけではありません。競業避止義務を退職時の誓約書(一定の範囲でサロンを開くなど営業が競業にならないよう誓約する)で書いてもらっている場合であっても,独立した後の立場や期間・地域等によっては有効ではないとされるケースもありえます。そもそも,独立の際に書くのを拒否する可能性もあります。
独立前に,独立後のために引き抜きなどの活動をすることは,雇用契約上の競業避止義務や業務に専念する義務に違反することになります。退職金制度がある場合の減額事由になりうる(就業規則などの定めは必要です)点や退職前であれば,雇用契約上のペナルティが与えられますし,損害賠償請求を行うことも可能です。ただし,どこまでが損害といえるのかという問題は出てきます。独立前に会社設立ややり取りがLINEその他で明確に残っていれば証拠にはなりますが,入手ができず事実関係がどうであったのかが問題になることはありえます。
顧客情報についても同じです。持ち出しができるようになっているのは(紙で誰も出し入れができるような形で保管しているケースなど),個人情報の管理(現在は1名でも顧客の個人情報を管理していれば,法令上の管理義務を負います)の点でも問題が出てきます。アクセスの制限や持ち出しができないようにしておくことは,個人情報管理の点でも意味を持ち出しますし,そのことによって営業秘密として管理をしていたといいやすくなっていきます。秘密管理をしている営業情報を持ち出して,競業のために用いていれば不正競争行為になる可能性が出て行きます。この場合には刑事の手段や民事の手段などが取りやすくはなっていきます。
これに対し,残業代請求は,練習事件や講習なども勤務時間(残業の対象になりうること)・給与の制度の仕組みによっては残業代の基本となる給与に影響があることなど事前にきちんと確認しておく必要はあります。ただ,独立をされた後の残業代などの請求を受ける場合には,弁護士からの請求である場合や労働基準監督署からの指導や調査なのか,場面をきちんと考えて対応をする必要があります。勤務実態(例えば,休憩時間が実質休憩時間でない場合・かなり練習が多く残業がかなり多い場合など労働基準法違反が大きい場合)によっては指導などを受ける可能性があります。
現状がどうなのかを見極めたうえで,対応をする必要が出て行きます。一定程度の残業時間が見込まれる場合には,残業時間の程度や未払いの程度等によって裁判にされる場合や労働基準監督署の指導などを争うことにリスクが生じる場合もありえます。事前・事後に給与や勤務体制を整備することは極めて重要ですが,いざ問題発生時には現状の把握の必要性があります。特に,いわゆる36協定がない場合には,重要な法令違反なように思われます。
注意すべき給料制度の設計(最低賃金法などの違反がないために)
ここ数年賃上げを図るために様々な施策や,最低賃金の改定(要は引上げ)が行われています。この最低賃金法は法制度上違反には罰則などペナルティが設けられています。先ほど触れました退職後の給与の問題が生じている場合に労働基準監督署からの調査や指導があるケースを触れましたが,この話も対象となります。また,最低賃金を下回る金額は支払う必要性があります。これは雇用契約で最低賃金を下回る契約は,違反部分について無効となるためです。ここで最低賃金を下回るかは給与の決め方(月給制では月給)により,所定労働時間数(月給の場合は一か月あたりです。残業を含む総勤務時間数ではありません)を割ってみて,一時間当たりの金額がどうかが一つの目安です。
最低賃金は,各地域ごとのほかに業種ごとにも定められています。両方ともクリアする必要がありますが,よく報道などで目にするのは前者の方が多いように思われます。いずれにしても,給与の支払いについては残業が多く残業代を支払っていても,そもそも時給で下回っていなければいい訳でない点に注意が必要です。固定残業代の制度を設ける場合には,この基礎となる時給が最低賃金を上回っている必要もあります。
この違反があることは風評リスク(今後の採用)や行政からのペナルティだけでなく,未払給与の請求等の点でもデメリットがあります。