
既に何度かこのコラムでも取り上げていますが,固定残業代(残業代の先払い)の有効性には厳しい裁判所の判断が下されているケースがあります。
有効であるための要件として,残業(時間外労働)に対する給料がそれ以外の給料と区分されていること(実際に残業に対する給料として支払われていること)が裁判例上要求されています。これは,そうでないと,どこまでが残業代であるかがはっきりとせず,適正な金額が支払われているかはっきりしないためです。
今回取り上げる裁判例では,いわゆる直行直帰の形で顧客先へ赴き仕事して帰宅する形で仕事をしている方が,会社に対して残業代を請求したケースを取り上げます。争点は何点かありますが,主には,固定残業代の制度が有効か(有効であれば,この部分の残業代が支払われることでなくなります)・自宅から客先への移動時間が勤務時間に入るかどうか(入らなければ,それだけ残業の可能性が減ります)という点です。
実際には二つの会社が問題になりますが,ここでは単純化します。前者については,当初労働条件通知書には,年棒と月額支給額の他に月30時間の残業代として○円と記載があり,給与明細書にも基本給・変動給・残業代の金額が〇円とそれぞれ書かれていました。ただし,就業規則上は,月30時間分の残業代は年棒に含めて支給するという記載でした。
ここでの問題点は,就業規則上は月30時間分の残業代がいくらであるか具体的には記載されていない点をどう考慮するのか・給与明細などの資料を含めて考えていくのかという点です。結論から言えば,ここで取り上げる裁判例はそれを肯定しています。つまり,月30時間分の具体的な残業代が記載され他と区別できるために,固定残業代の制度は有効という判断です。その理由としてはいくつか挙げていますが,先ほど触れた区別を要求する理由,適正な残業代が支払われているかを判断する上では就業規則にすべて書かれていなくてもそれ以外の資料(労働条件通知書や給与明細)の記載も含めても支障がないからということが考えられます。
ちなみに,もう一つの主要争点である自宅から顧客宅への直行直帰に関しては,私生活の拠点である家へいつ・どのようなルートで帰るか・でかけるかの指定はなく勤務時間とは言えないと判断しています。
毎月の給与支払いの際の清算の仕組みや前提としての残業代が何時間に対していくらなのかをどう作っていくかは業種によっては難しい問題です。就業規則だけではなく他の労働条件通知書や特に給与明細によって,区別と清算の仕方を作ればいいと示した点で意義のある裁判例と思われます。