労災制度とは?どのような場合が対象になるのでしょうか?
労災制度,労働者災害賠償保険とは国が運営する従業員を雇用するほぼすべての事業に適用される保険給付や社会復帰の促進などを行う制度です。対象となるのは,業務上生じた病気やケガ・通勤途上でのケガ(いずれも死亡も含みます)への迅速な保護のための保険給付を行う事業や社会復帰促進事業がその内容となっています。主に問題となるのはこのうちの保険給付ですので,ここではその話を簡単に触れておきます。
従業員(労働者)といっても,中小企業主・運送業や建設業の一人親方は自営業でありながらも,任意の特別加入制度が設けられています。労災の認定を受けないと保険給付を受けることはできませんが,労災といえるには業務上の傷病といえる必要があります。現在の裁判実務では,雇用契約に基づき会社の支配下・管理下にある場合に生じたケガや病気などで,業務を行っている間に生じたといえればいいとされています。生じた病気やケガ・亡くなるということが業務との間に相当因果関係(一般に通常あるといえるだけの因果関係)と考えられています。相当因果関係があるといえるかどうかは様々な事情から考えることになりますが,業務時間中に生じたケガについては,外部要因によるもの・本人の飲酒などの規律違反行為・休憩中に個人的に行っていた運動で生じた事故など以外は広く認められる可能性があります。もちろん,業務中に本当に生じたのか(別の機会に生じたのではないのか)が事実上問題になる場合には,事実面での問題をクリアする必要があります。
いずれにしても,労災にあたるかどうか(業務上の傷病にあたるのか)は国が判断することになります。
ちなみに,これに対して,いわゆる精神疾患などの病気については業務との相当因果関係が大きく問題になることがありえます。いわゆる職業病による疾病に該当するのかどうか・過労死に該当するのかどうかはメルクマールとなる厚生労働省が出している指針が存在します。ここでいう指針は行政の考え方に過ぎませんが,実際上には労災認定が問題となる裁判では依拠する基準として意味を持つことが多くなります。業務上の精神障がいに該当するのかどうかは関連する事実が存在する場合のメルクマールとして厚生労働省が示している同様の指針があります。詳細は別のコラムで触れますが,基礎となる事実関係が存在するのかどうか・存在する場合にどのように位置づけるのか・労災を肯定する明けでなく否定する方向で考える事実関係が存在するのかどうか等問題となる要素は多くなります。
残業など業務時間が長いことは比較的はっきりしますが,職場でのパワハラに該当する行為があるのかどうかなど問題となることはありえます。会社としては,意見書を出す・労災の証明を出してほしいという場合に労災でないと考える場合に証明を出さない(ただし,従業員側は上申書をつけて申請自体は可能です)ことは,業務上傷病につながる事実関係を大きく争う場合には可能な方法です。ただし,あくまでも認定自体は国が行うことで認定自体に会社は関わることはできません。
民事賠償請求の対象となる者との違いとは?
労災保険制度は,あくまでも業務上存在する危険が顕在化した場合の補償制度になります。そのため,会社側に落ち度が存在していたのかどうかは関係なく保障の対象となります。労災事故などが生じた場合に会社が賠償責任を負う場合には,安全配慮義務と呼ばれるいわば安全管理のための人や組織の構築維持を図る義務を怠っていたと評価される必要があります。業務上生じた事故や病気だから当然に会社が賠償義務を負うわけではありません。病気やケガが生じた原因が業務上の危険と呼ばれるもので,会社が安全教育やパワハラ・セクハラについて窓口を設け啓発などを行っているのかなどの点を怠っていたのかどうかとは別の次元の話となります。
もちろん,実際にはこうした対応が不十分だったことでケガや病気に至ったというケースも相当程度あるのではないかと思われますが,労災=会社の賠償義務というわけではありません。会社自体が何かしらの給付を行う(そのための保険に加入している)場合には賠償とは別の話になります。賠償請求の原因となる義務の内容とその違反はその内容と証明を請求側がする必要があるとされていますが,内容の特定はある程度抽象的であってもいいという見解も存在します。業務上通常転落や転倒・熱中症の危険がある作業をしている業務における危険防止のための対策を打っているかどうか・残業時間が多いことや健康管理をきちんと行っていない場合,パワハラの相談窓口をつくる・調査や対応策を講じている・検収を行っているかどうかはこうした義務違反が存在しないことを示す事柄にはなりうるものです。
それぞれの業種に応じた対応が必要なものも存在しますが,精神障害の場合にはこうした対応策を講じているのかどうか・生じた傷病と業務との関係(相当因果関係)があるのかどうか問題になることも多いです。ちなみに,従業員の労災認定の手続きや訴訟手続きには当事者として関わることはできず,参加にはハードルがあります(参加の可能性を示す裁判例があります)。
業務と傷病との因果関係等民事の賠償請求と労災の話は関わありますが,責任が生じるのかどうか・支払い項目と損害の関係等異なる部分もあります。責任は免れない場合でもそこまで支払い義務を負うのか・対応をどうするのかなど注意すべき部分もあります。労災と賠償の関係は業種その他について別のコラムでも触れていきます。