前回,前々回と残業代の先払いの際のリスクについて触れましたが,今回は別の裁判例も触れてみます。残業代をめぐる裁判例はそれなりの数があり,基本給に組み込むタイプのものなど問題となっています。
今回触れるのは比較的最近出された地方裁判所レベルの判断になります。問題となったケースでは,給料に関する給料の条件は次の通りになっていました。
基本給(月額)△△万円,ただし,月の勤務時間が150~200時間までの残業代を含む。月の勤務が200時間を超えた場合には,一時間当たり〇〇○○円の残業代をつける。月の勤務時間が150時間に満たない際には,一時間当たり××××円を給料から引く
こうした条件の場合に,月の勤務時間が200時間までであっても通常は残業(時間外労働)となる部分が法律上出てきますので,残業代の先払いになる部分が存在します。こうした決まりの下で,200時間を超えた勤務に関しては会社から残業代が払われていたという内容のようです。
このケースでは,残業代として支払われた部分が存在するために,残業代の請求がなされた場合には,先ほどの条件が有効かどうかが大きな問題となります。これが先払いとして有効であれば未払いの残業代はない一方で,無効であれば200時間を下回る勤務時間内での残業代が支払われていないことになるためです。
ここで問題となっているのは,月当たり△△万円とされる基本給が月あたり勤務時間が200時間まで変わることがないという点です。月によって残業となり得る部分に影響する所定労働時間は変わるために,残業時間は変動する可能性があります。この定めでは,こうした変動に十分対応できない点に問題があり,現に判断の中でもこうした点を触れられています。
また,200時間を超えた部分と150時間を下回った部分の清算の方式は決まっているものの,150時間から200時間の勤務時間の場合の話はありません。そのため,基本給はここでは変わらないために勤務時間によって給料が変動しません。こうしたこともあって,残業部分とそれ以外の部分の給与が区別されていないという理由から,この条件は無効であると判断されています。
すでに触れましたように,残業代の先払い(固定残業制)が有効というためには残業部分とそれ以外の給料が明確に区別されていることが必要であるというのは,裁判所の定まった判断になります。この裁判例では,そうした区別があるといえるために必要な事柄について判断を示したということで,このような定めを設ける際の参考にはなると思われます。
ちなみに,このケースは未払い残業代がある際の裁判ではペナルテイとして会社に機能し得る付加金の請求に関して,特に否定する事情がないとの判断から,裁判所が認めた未払い残業代と同額の付加金の支払いを認めています。残業代の請求裁判でのリスクとなりうる点です。
残業代の先払い制度におけるリスクなどを示す一つのケースとは言えるでしょう。