前回まで,契約書の役割について簡単に触れました。契約書の取り交わしをしておきながら契約が成立していないというのは,法律上別の事柄が契約成立に必要とされている場合を除き,ほとんどないように思われます。ただし,そこで取り交わされている契約が本契約の前の交渉を行う際の覚書程度のモノであれば,直ちに契約が成立したとはいえません。
今回は,そもそも,契約が成立したことの意味と契約書がないからといって契約が成立していないといえるのかについて触れていきます。
まず,契約が成立した場合には,そこで合意をされた事柄を実施する必要が出てきます。たとえば,部品の納入の契約であれば,部品業者はその部品の納入を行う義務が出てきます。守らない場合には,最悪の場合は裁判で納入を命じられる・損害賠償の支払いをする必要が出てきます。他方で,納入先では,納入後の支払い時期が定められていれば,その時期に代金を支払う必要があります。
利用規約を定めておいて,契約の内容の一部にしておいた際にも,その規約に沿った義務などが出てくるところです。このように,契約が成立したということは,法律上そこで約束したことを守る義務・守らないと法律上の不利益につながりかねない点に特徴があります。
次に,契約書の取り交わしをしていないから契約が成立していないといえるのかという点について触れていきます。結論から言えれば,ケースバイケースという点はありますが,そう簡単には言えないということになるでしょう。もちろん,法律上は一定の種類の契約(たとえば,保証人になってもらう・土地や建物の利用権を設定する契約の一部)では,書類の取り交わしが要求されること・また,慣習などから見て契約書の取り交わしが必ずあるはずだといえる場合には,そういう可能性も出てきます。
ただし,慣習などから見てそう言えるのかということ自体で争いが起きて紛争になってしまうこともありえます。あくまでも,多くの種類の契約では法律上最低限要求される事柄さえ合意があったと言えれば,契約が成立したと評価されてしまう点には注意が必要です。
このほか,契約が成立したと評価できない場合でも,同様の法律上の扱いを受ける場合がありうる点には注意が必要です。これは,相手が契約が成立したと誤解するような状況を作りだして相手が信頼した場合に,落ち度なく信頼した相手を保護しようという法律の決まりに基づいて扱われるものです。どういった場合がそういうケースに当たるのかは,問題となった事柄をめぐる状況によります。とはいえ,契約書のやり取りがあった・契約が成立したのでないと普通はしないようなやりとりがあった・契約が成立したことを前提とする話をしたという事情は,こうした状況に当たる可能性を高めていくでしょう。
取引の交渉などの場では注意したいところですね。
このように,契約や契約書をめぐる問題は一つ間違うと大きな問題につながりかねません。