はじめに
最近M&Aの認定支援機関の登録がなされるなど,小さな会社の買取や事業の譲受というのは今後増えていく可能性があります。その中には業績が良くない事業主から事業を譲り受ける・会社の場合には吸収分割という方法を使って事業や関連する部分を譲り受けるというものがあります。
その際の合意の内容や屋号によっては,取引や労務上の負債の負担の問題が出てきかねません。ごく最近に紛争となった裁判例のケースがありますので,そこも触れつつ問題の防止について取り上げます。
会社分割での従業員との契約の引継ぎは?
事業譲渡の場合には,譲受側と譲渡側で事業譲渡に関する契約を締結します。従業員との雇用契約を引き継ぐかはこの契約の定めにもよりますし,個別の方の同意も必要となります。
これに対し,会社分割を使う場合には,分割契約での定め方によりますが,引き継ぐ事業に主に従事している方は引き継ぐのが原則になります。仮に特定の従業員が外されていても,その方から異議が出れば引継ぎをすることになります。ここでは雇用契約を引き継ぐことになりますので,仮に引継ぎをする側であれば,雇用契約や退職金に関する内容や未払い給与の有無・内容をきちんとチェックしておく必要があります。
事業を営んでいてその店舗あるいはほかの経営資源を引き継ぎたいけれども,負債の引継ぎは避けたい場合には,どのような引継ぎの形態をとるのか・リスク要因を把握する必要があります。新会社を設立して譲渡を譲り受けて,前の会社と商号や屋号を類似のものを使う場合には,それまでの取引上の負債や借金その他違法行為に関する賠償金の支払いを負うリスクもあります。
ここ最近の裁判例で問題となったケース
今回触れるのは,大阪地方裁判所判決令和3年3月26日のケースです。この事案では飲食店を複数の店舗で営む会社が経営不振に陥ったところ,別の会社との間で事業譲渡をするというスキームに合意をしたというものです。
判決文の認定によれば譲渡を受ける側が設立する会社に,経営不振に陥った会社が営む事業を譲渡する契約を締結されたというものです。その際の契約の内容が経緯等を含む事実認定と評価の両面で争いになったものです。裁判自体は,従業員側が事業譲渡で雇用契約や退職金の規定(負債)も譲受側が引き継いだのだから支払ってほしいと,譲受側に求めたものです。
このケースでは,元々の店舗の従業員(店員)は同じく,屋号も同じままであったこと,譲渡後に雇用契約を譲受側と締結し,その後退職を従業員側が行った・事業譲渡後1年以上経過して別途会社分割での引継ぎがあったという事情があるようです。また,引継ぎをする側には退職金の規定がなく,譲渡側にはそうした規定があったという事情もあります。
専ら問題となったのは,事業譲渡契約書に記載された文言や経緯から,どのような事実があり・合意がされたのかという事実関係と契約内容についてです。結論としては引継ぎを否定しています。その際にポイントとなる事情について触れておきます。
まずは,事業譲渡契約書での文言です。事実認定や契約の解釈にあたっては,この文言が極めて重要になります。判断によると,契約書には店舗内の物品や権利関係など資産のみの引継ぎが記載されていて,負債の引継ぎがなかったことが触れられています。雇用契約の引継ぎであれば,未払給与や退職金などを引き継ぐので,ここは重要な話となってきます。また,交渉過程で退職金などの引継ぎの話が出ていないこと(雇用契約の引継ぎであれば,こうした義務の引継ぎも含まれます)・前提としての退職金規定の有無が異なっていたという事情が考慮されています。
退職金規定の有無が引継ぎをするかどうかという点の動機となり,そこから話が出ず合意に至ったのではないかという事実認定上の話になってきます。
このケースでは,引継ぎの前後で従業員サイドでは,同じ店舗で同じ条件での勤務となっていたこと・出向という形態がとられており,やり取りによっては紛争の原因となりかねないところもあるように思われます。出向というのは,引継ぎ側が前と同じ事業を行う際に元からいる従業員を譲渡側から出向したという形で行ってもらうというものです。雇用契約は譲渡側との間だということが前提となります。
おそらく,譲渡側に支払い能力が余りなかったことも,この裁判での請求の一因かもしれません。ただ,雇用契約の引継ぎをどうするのか・未払い給与や退職金といった将来のトラブルになりかねない項目をどうするかは契約書に明示する・従業員側にもその旨の説明をし記録化しておいた方がトラブル防止によりつながったものと思われます。また,交渉のやり取りも議事録の形で記録に取っておくことが重要と言えるでしょう。