法律のいろは

2021年2月11日 更新事業承継

株式の売買と事業譲渡を行うことの違いとは?

株式譲渡と事業譲渡の違いとは?

 株式の譲渡と事業の譲渡の一番の違いは,前者は会社自体を譲渡する(そのため,個人事業主ではありえない)のに対し,後者は営んでいる事業(業務で使っている財産や営業権・のれん)を譲渡するという点で違いがあります。株式の譲渡の場合には,その会社自体を買い取ることになるので,その会社自体の許認可を引き継げるということなどでのメリットはあるものの,負債があればその引継ぎをすることにもありますし(株主自体は特に負債を負うわけではありませんが,新しい代表者となり保証人となれば話は別です),会社自体の違法行為などでの問題も引き継ぐことになります。

 特に労務問題については,隠れた残業代の請求(未払いの問題)・その他労働基準監督署から指摘されるような法令違反の問題などは大きなリスク要因になります。帳簿に乗っていない隠れ負債についても支払い面での問題が出てきかねません。そうしたことから,株式買取の場合には,リスク要因がないのかどうか事前の確認が不可欠で。,仮に新規にとりにくい(取得するのに費用と時間が大きくかかる事業,例えば,産業廃棄物処理の事業や設備の許認可)許認可を持っている会社をどうしても買い取りたい(株式の買い取り)場合には,リスク精査をするのかどうか,しないのであれば,どこまで引き受けられるのかなどをきちんと決めておく必要があるでしょう。

 

 これに対して事業譲渡は一部のみかすべてかという点で対象を決める必要があります。先ほどの労務関係の話でいえば,この形では個別の従業員との雇用契約は当然に引き継がれるわけではありません。譲渡契約の内容で決める必要もありますし,法令上対象となる従業員の方との個別の合意が必要になります。ここで契約内容を変更したうえでの引継ぎなども可能ですが,その場合には変更内容などをきちんと説明したうえで同意をとっておかないと,単に同意書だけでは真意の合意とは言えない(あるいはその基礎となる合理的事情がない)として後でトラブルになる可能性があります。未払い残業代があった場合にその引継ぎなどがどうなのかについてもきちんとしておくことが重要です。その意味で,このケースでもリスク要因のチェックは重要になるでしょう。

 似た側面のある事業再編のスキームである会社分割には恣意的に負債逃れや労務リスク逃れ,負担になる従業員を外すための活用があったために,現在規制が設けられています。雇用関係でいえば,通知や協議などが義務付けられていますので,恣意的な従業員選別はトラブルリスクになりかねないことは頭に入れておいた方がいいでしょう。厚生労働省が平成28年に「事業譲渡又は合併などを行うにあたって会社等が留意すべき指針」というものを発表しています。先ほどの話はごく一部の話ですし,この指針に直接の拘束力があるわけではありませんが,トラブル防止の点では参考になる点はあります。

 

 負債の引継ぎに関しては,買取側がどこまで引き継ぐのかは事業譲渡の契約によりますので必ずしも引き継ぐわけではありません。事業再編の措置として法律で定められた合併や会社分割では法令で定められた債権者保護手続きという手続きを行う必要がある場合は出てきますが,事業譲渡や株式の買取では義務付けられていません。株式の買取では同じ会社に同じだけの請求ができるのでこれは当然ですが,事業譲渡の場合には話が変わる点があります。

 それは,例えば,事業をすべて譲り,譲った会社が廃業を予定しているようなケースでは,債権者はお金の回収ができなくなることもありえます。この場合は,事業の対価などによってはトラブルになる可能性があります。法令上,詐害行為取り消し権(令和2年4月施行の民法改正により内容が一部改正されています)と呼ばれるものが存在します。これは,ある会社あるいは個人事業者が経済的破綻に瀕した際に,ある債権者だけ優遇する(返済をする)・財産を不当に隠匿処分する行為を規制する制度です。具体的には,返済や処分の効力を否定することによって,返済額や処分した財産を戻す形を原則とする制度です。

 この制度の適用を受けないためには,事前に譲渡金額の相当性確保をしておく必要もありますし,事前に債権者側と協議をして廃業(事業を譲渡する側)をきちんと行える形にしておく等の対応が必要になる場合も出てくるでしょう。

それぞれの有利不利は?

 先ほど触れましたように,負債や法令違反リスクの引継ぎの可能性は株式買取の場合には存在します。ここを嫌うのであれば株式譲渡は向かないことになりますが,事前に隠れ負債や労務リスクの調査をきちんと行う・譲渡契約で譲渡側の支払い責任(隠れたリスクが判明した場合)を設けるなどの対応もあります。

 事業譲渡の場合には,特に許認可を引き継げない点が大きなデメリットです。許認可を再度取得するのは簡単なものから難しいものまで存在します。特に,環境アセスメントや住民説明会が必要で設備を設けることが困難な産業廃棄物処理業(こちらは事業の許可と施設の許可が必要)については,その時間やお金も相当掛かりますので,許認可引継ぎのメリットは大きくなるでしょう。

 

 先ほど事業譲渡の場合に負債は引き継がないという話をしましたが,一定の場合には以前の債権者からの請求に応じる義務が出てくる場合があります。それは,引継ぎ前の会社あるいは個人事業主が使っていたサービス名称や屋号を引き続き使うような場合です。この場合には他方で事業譲渡の効力を否定されるというリスクは減るでしょうが,支払い負担がどこまでになるかの事前の確認が必要となってきます。

 事業譲渡の場合には,先ほどの譲渡元の事業者の今後の予定によってはその廃業支援も見据える必要がありますし,屋号の継続使用が債権者からのお金の請求につながる可能性もありますから,支払い負担がどのようになるのか・全体のスキームをどう対応していくのかをきちんと考えないといけない点が出てきます。この点をデメリットととらえるのかおいう問題はありますが,きちんと対応することで負債の問題も解決は可能という点ではメリットともなる点でしょう。

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