法律のいろは

2021年1月29日 更新労働問題のご相談

退職した従業員による引き抜き行為に対して対応策は打てるのでしょうか?

〇考えられる対応は?

   在職している場合には,就業規則の定めがなくても雇用契約の性質上競業は禁止されます(通常は雇用契約や就業規則に定めを入れている場合が多いと思われます)。違反には懲戒処分などの対応があるでしょう。これに対して,退職後は,退職金の減額や損害賠償請求が考えられるところです。できるかどうかはともかく,退職後は少なくとも就業規則の定めや個別の合意がないと,退職金の減額などはできません。

〇損害賠償請求はどうか?

  就業規則の合意がなくとも,会社の営業権を侵害しているといえるケースでは,損害賠償請求が可能です。営業権侵害とはわかりにくいですが,お客様や従業員その他業務に使う情報や設備などを侵害(無断持ち出しや引き抜きなど)を行うことで,会社の事業にダメージを与えることを指すと考えておけばとりあえずはいいでしょう(ここでは厳密さよりも大まかな意味を記載しておきます)。

 問題となるのは,一般の競業の問題でも出てくる各従業員の転職の自由やそもそも引き抜き行為があったといえるのかどうかという話になります。前者の問題は,自社の権利を守るためにほかの方の権利を当然には侵害できないので,調整上自社の権利を守ることが優先するのはどんな場合なのかという話です。よく,違法性のある行為・社会通念から見て逸脱した行為といわれるものが当たります。人を引き付けるための活動自体が競争といえますので,競争のやり方から見て逸脱したという場合が抽象的には言えます。
 後者については,ある従業員の退職後に何人か別の従業員が対象をした⇒転職先が同じ,という場合に引き抜きがあったから起きた話なのか・単に各自の判断などによるものなのかという事実関係の問題になります。

〇損害賠償請求が認められるケース・認められないケース

   結論から言えば,先ほど述べました営業権の侵害=違法性ある行為=競争から逸脱した行為が認められるハードルは証拠関係の話から言っても,裁判例上もそれなりに高い壁が存在します。

 まず,バイク便を営む会社が,自社で運転手を務めていた方々が設立した同じ業務を営む会社に対して,お客様や従業員を引き抜いた行為に対して損害賠償請求をしたケースがあります(東京地裁平成6年11月25日判決)。判断では,退職に至った経緯・信用棄損や徳先情報を持ち出したかどうか・業界の競争状況(お客様や従業員の転職について)・そもそも,従業員の異動が鵜が良くなされるのかどうかなどの点から判断しています。退職は会社に原因があることや情報の持ち出しがなく,お客様や従業員の異動が多く競争が厳しいということ・引き抜きのための積極的な活動はなかったことを踏まえ,違法性を否定しています。事実関係面で引き抜き行為や情報持ち出しの有無が争われていましたが,こちらの面で会社側の言い分が認められていないという特徴があります。

 トラブルになるケースはこうしたバイク便のほかに,学習塾や美容室など人の異動が多い場合がありえます。裁判例の中(例えば,大阪地裁判決平成元年12月5日判決)では,事実関係として引き抜き行為があったかどうか・仮にあったとして違法な行為といえるかが争点になりました。裁判所の判断では事実関係として引き抜き行為を否定しています。

 これらのケースでは,単に退職⇒ほかの従業員が退職し,同じ転職先に移ったというだけでは,引き抜き行為の存在を認めていません。引き抜き行為があったといえるには時間的な経過だけでなく,その間に先に退職した従業員による働きかけの具体的な内容と裏付けが重要になります。その際には,引き抜きが問題となっている方がどのような方か(会社での地位や周りの方への影響など)・退職した方同士の人間関係やアルバイトであれば同業での掛け持ち状況も大きな要素となりえます。掛け持ち先として重なっただけでは引き抜きとは言えませんし,そもそも営業の妨害にはなっていません。
 事実関係以外に評価として違法性のある行為=社会通念や競争から逸脱したといえるかは評価の問題です。掛け持ち先が重なるだけでは営業妨害とはなりませんし,退職の経緯からみてやむを得ない行為かどうか・人の流れの激しい状況であれば,逸脱したとは言いにくくなります。具体的な働きかけの有無は事実関係だけでなく,逸脱した行為の中身なので重要な要素です。退職した人数や穴を埋めるのにかかった期間や損害等の影響も重要な要素です。もちろん,働きかけが元居た先の情報を知った上での条件提示その他の行動が存在すること・人の流れが激しいとは言いにくいこと・転職した人数が多く穴埋めが大変で影響が大きいという場合には,逸脱といいやすくなります。

 実際の裁判例の中にも(東京地裁平成2年4月17日判決),学習塾のケースで,講師の大量引き抜きやお客様である生徒を顧客情報などを利用して多く引き抜き行為を行ったことについて,営業権侵害と損害賠償請求を認めています。

 こういった場合には,退職後の引き抜き行為に対するペナルテイを就業規則や退職金規定に入れておく・覚書を交わしたとしても,そもそもの事実関係をクリアできるのかどうか・クリアできそうな事柄からの見通しが重要になります。
引き抜きに当たるやり取りがわかる証拠があるのか・証拠から言える内容や異動した人間の特性や業界の人の異動事情・業務上知りえた情報の持ち出しや利用が言えるのかが大きなポイントとなってきます。

○ごく最近の裁判例

   昨年8月6日の大阪地裁判決では,退職を決意した管理職の方が数人の従業員に,より良い勤務条件を提示する・提示は会社の懇親会などを銘打った食事会でも行った・勧誘は複数回行ったという事実認定の下で,退職前に行った懲戒解雇を有効としています。
 このケースでは,引き抜き行為の存在などの事実関係が争いになっていました。また,就業規則上「組織の原則を守らない逸脱行為」や他社の利益を図ることを懲戒解雇の事由としており,この事由に該当するのか・懲戒解雇という一番重い処分をする相当性が争われました。転職勧誘の態度や頻度や退職を間近に控えていた方である点が相当性の根拠とされています。ちなみに,このケースで解雇をされたのは店舗の管理職に当たる方でした。

 このケースでは転職勧誘に応じなかった方が会社側の事実確認に応じていたこともあり,証拠関係が一定程度あったものと考えられます。勧誘の内容や程度・回数が判明することは大きな意味があります。実際に引き抜き後に引き抜かれた方から事実確認をすることが難しいので,事後の話とは違った面があります。ここでの処分には引き抜き行為をしたとされる方の地位やその裏付けのある勧誘であること・人数や回数は大きな影響があります。

 事後だけでなく事前にある程度の調査をすることの重要さと,事後は損害賠償請求が中心であることや特に事実・証拠関係から見てどんな見通しなのかは重要になってきます。

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